ドイツ統一
ドイツ統一(どいつとういつ)とは、17世紀以来事実上の分裂状態にあったドイツがプロイセン王国によって統一されて「ドイツ国」が成立するまでの過程を指す。
(なお、これに対して第二次世界大戦後に分断国家となったドイツが1990年に東ドイツが西ドイツに吸収される形で統一された(現在の日本で一般的に「ドイツ統一 」と呼ばれている)出来事を「ドイツ再統一」と呼称して区別している。)
三十年戦争後、およそ300の君主国の連邦体となったドイツは、ナポレオン戦争で国土を侵害され、ウィーン議定書では35の君主国と4自由市の連邦体「ドイツ連邦」が成立した。1830年代になると、ドイツでも産業革命が進行しはじめ、産業資本家(ブルジョアジー)を中心にドイツ統一の機運が高まった。1848年の三月革命を機にウィーン体制が崩壊すると、ユンカー(地主貴族)も統一の不可避性を認識するようになった。
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フランクフルト国民議会では、統一が焦点になって話し合われたが、大ドイツ主義、小ドイツ主義がぶつかり、小ドイツ主義者は、プロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム4世にドイツ皇帝戴冠への推戴をしたが拒否をされた。オーストリアも皇帝フェルディナント1世が退位、代わってフランツ・ヨーゼフ1世が即位して脱落した。国民議会はその存在価値を失い、言論による統一は失敗した。